日記

【ゼロで死ね】「記憶の配当」をもらい続ける人生にしたい

ビル・パーキンス (著)『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』を読みました。

簡単に本書のテーマをお話しすると「お金はその価値を最大化できる若いうちからどんどん使って、使い切って死ぬのが理想的じゃね?」って話です。

著者のビル・パーキンスさんはアメリカの億万長者。

億万長者の立場からそんなこと言われてもなぁ…

という気がしないでもないですが、基本的には非常に賛同できる内容でした。

「老後のための資産形成」「老後に備えてお金を貯めよう!」といった旨の書籍が多い中、「価値のあるお金の使い方」について書かれた本は珍しく新鮮でした。

「記憶の配当」

経験にお金を使うべき

  • 最高の投資先は「経験」である
  • 人生最大の仕事は思い出作り

本書では若いうちから特に「経験」にお金を使うことを推奨しているのですが、その中で「記憶の配当」という言葉が出てきます。

「記憶の配当」
この表現が非常にしっくりきました。

時間や金をかけて何かを経験するのは、その瞬間を楽しむためだけではない。経験は私たちに、尽きることのない「配当」を与えてくれる。
それが、「記憶の配当」だ。経験は、継続的な配当を生み出す。なぜなら、人間には記憶があるからだ。

記憶は配当を生み出し、私たちの生活を豊かにしてくれる。経験からは、その瞬間の喜びだけではなく、後で思い出せる記憶が得られる。

元の経験を心のなかで追体験し、さまざまな感情を蘇らせることができる。元の経験に比べれば、記憶から得られる喜びはほんのわずかかもしれない。それでも、その思い出はかけがえのない宝物だ。

「DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール」より

それな!

と、思いました…「それな!」とか現実で言ったことないけど。

僕はセミリタイアを目指して資産形成に奮闘している身ですが、「経験」には惜しまずお金を使っていきたいと思っています。それもできるだけ若いうちに。

若いうちの経験の方が配当効果が大きい

僕は10年前、妻とメキシコのカンクンに行きました。

カリブ海でイルカと泳ぎ、マヤ文明の遺跡を見て、透き通ったセノーテに潜り、オールインクルーシブのホテルで爆食いして…

確かにお金はかかりましたが、一生忘れられない豊かな時間を過ごすことができました。

それから今までの10年間で何度その記憶を思い出し、妻と思い出話に花を咲かせ、何度幸せな気持ちを反芻したかは数え切れません。
そして恐らく死ぬまで「そういえば20代の頃にカリブでイルカと泳いだね」なんて妻と思い出してはまた幸せな記憶に浸るのでしょう。

僕はこの幸せな「記憶の配当」を合計約50年間受け取り続けることになります。

昨年はコロナが流行する直前にカナダのイエローナイフにオーロラを見にいきました。

始めて経験する-30°の世界で自然の神秘を目の当たりにして、犬ぞりに乗って、凍った湖の上で大の字に寝そべって…

この経験も一生の宝物です。
今後も死ぬまで「30代の頃に見たオーロラには感動したけど、-30°はもう御免だねぇ」なんて苦笑しながら思い出すんでしょうね。

このオーロラの「記憶の配当」は死ぬまで合計約40年間受け取り続けることになります。

こんな風に、若いうちに豊かな経験や体験をした方が「記憶の配当」を積み重ねることができます。

そもそも、若いうちじゃないと体力的に経験できないことも往々にしてあります(定年退職後に-30°の世界にオーロラを見に行く気力と体力が僕にあるか怪しいです)。

価値ある体験は例えば飲み会での話のネタにもなるし、例えば同じような旅行を計画している人に体験談としてアドバイスもできる。そうして元の経験の価値は更に膨らんでいきます。

忘れがたい旅を振り返ることで、どれくらい多く、豊かな時間を過ごせただろうか。繰り返し思い出すことで、元の経験よりも多くの喜びが得られることだってある。金を払って得られるのは、その経験だけではない。その経験が残りの人生でもたらす喜び、つまり記憶の配当も含まれているのだ。

「DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール」より

それな!!

セミリタイアを目指すからこそ働いているうちに「経験」にお金を掛けたい

セミリタイアを達成するにはかなりまとまった資金が必要です。

かの「三菱サラリーマン」さんは徹底して倹約を突き詰め(曰く支出の最適化)、入金力を高めることでFIREを達成されていました。

無駄な出費は極力抑える…それがセミリタイアへの近道なのは間違いないのでしょうが、それはそれで少し寂しい人生になりそうだなと個人的には思っています。

過去にも未来にも豊かな「経験」がない人生って、僕にとってはなかなか辛い。

セミリタイア、アーリーリタイア後は否応なく今よりも節制を求められます。
さすがにイルカと泳いだりオーロラを見にいく余裕はないでしょう。

日々の小さな暮らしの中に小さい幸せを見つけることもできるでしょうが、それだけで残り数十年の人生を色褪せないものにするにはそれ相応のマインドセットが凡人の僕には求められそうです。

それならば。

収入に余裕がある今のうちにできる限り「経験」に投資して、人生で経験したいことをあらかた経験してからセミリタイアに踏み切りたいというのが僕の考えです。

それらの経験から得られる「記憶の配当」を受け取りながら、新しい経験への気力・意欲が自然と減退する年齢まで食い繋ぐのがセミリタイア後のプランになります。

セミリタイア前に資金をできるだけ貯めておくのと同じです。

セミリタイア前に「豊かな思い出」をできるだけ貯めておいて、セミリタイア後はその思い出を反芻しながら(記憶の配当を受けながら)生きていきたい。

しかも資金と違って取り崩して減ることもないんです。
すごくないですか。

スポンサーリンク

最後に、僕のおじいちゃんの話

突然ですが、僕のおじいちゃんは13年ほど前に72歳で亡くなりました。

身一つで九州から出てきて関東で事業を興し、ウン億円もの資産を残したまま逝ってしまいました。

60代の頃には認知症になっていたので、築き上げた資産を使って退職後に好きなことをする時間はなかったでしょう。

「ゼロで死ぬ」ことはできなかったおじいちゃんですが、それでも生前は仕事をしながらも自由に生きていたように僕には見えました。

精力的に海外旅行へ飛び回り(僕が旅行好きなのもおじいちゃんの影響です)、毎週のように好きなゴルフをし、遺産整理をしていたらおばあちゃんも知らなかった隠れ家マンションとか出てきたりして、最後までソッチ方面もお盛んだったようです。

稼いでいたからできるんだろと言われればそれまでですが、いつ死んでも後悔がないように全力で生きていたのではないかと今になって思います。

『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』を読んで、ふとそんなおじいちゃんのことを思い出しました。

たけし

でもおじいちゃんは親父には会社を残し、おばあちゃんには一生困らない資産を残し、たくさんの孫も残して亡くなったんだ。

一方僕は会社も継がず、子孫も残さず、しまいには「セミリタイアしてぇ~」とか言い出す始末さ。じいちゃん…ごめん…

ランキングに参加しています!クリックで応援していただけたら嬉しいです!


にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 その他生活ブログ 家計管理・貯蓄へ PVアクセスランキング にほんブログ村